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てぃーだブログ › ガイア倶楽部通信 › 旅のこと › ブラッディ・タワー,ブラッディ・メアリー

2012年10月12日

ブラッディ・タワー,ブラッディ・メアリー

2002 ヨーロッパへ行ってみた その12

ロンドン塔を城壁伝いに塔から塔へと見て回ります。この部屋はだれだれが・・・といった調子の説明が続き、興味深くはあるのですが、その多くが監禁、拷問、処刑と関係していて、だんだん気が滅入ってきます。

ブラッディ・タワー,ブラッディ・メアリー
殺害された2人の王子が幽閉されていた Bloody Tower


この稿では1つだけ、具体例を紹介します。16世紀のイングランド女王、メアリー1世によって処刑されたレディ・ジェーン・グレイの悲劇です。

彼女はギリシャ語、ラテン語にも堪能な才媛で、イングランド有数の美少女だったといわれます。15歳で政略結婚させられ、熾烈な権力争いへと巻き込まれていきます。そのとき国王の地位にあったのはマーク・トウェイン作『王子と乞食』のモデルとなったエドワード6世ですが、彼は15歳で夭折してしまうのです。

王の死にあたり、策謀をめぐらせた義父は王位継承権では下位にあったジェーンを強引に王位につけ、政敵をロンドン塔送りにします。

継承順位で上位にあったメアリーは事前に謀略を察知し危地からの脱出に成功します。すぐに残っているメアリー派の諸侯やジェーンの義父一党のやり方に反発する人々によって女王に擁立され、メアリー1世として即位、それが枢密院に承認されると形成は一気に逆転します。ジェーンは王位を簒奪したとして逆にロンドン塔に送られてしまったのです。さあ、ジェーンはどうなるのでしょうか?(続く)


ブラッディ・タワー,ブラッディ・メアリー



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Posted by ぎんばいか at 21:55 │旅のこと